まいど、あーくんです。
現在は自称サイドFIRE中ですが、完全FIREに向けて準備を進めている人間です。
少し前の話になりますが、私がアパレル関連業界に入った頃から大変お世話になっていた取引先の先輩がこのたび退職されました。
もう30年近い付き合いになります。
若い頃から何かと良くしていただき、様々なことを教えてもらった恩人のような存在です。
先日、その方が退職の挨拶に来られました。
★FIREではなくリストラだった★
私は最初、
「業界も悪いし定年を前にして早期退職するのかな」
と思っていました。
私自身がFIREを目指していることもあり、
「十分働いたし、これからはゆっくりするのだろう」
と勝手に想像していました。
しかし実際は違いました。
退職の理由は、
リストラ。
会社側が雇用を維持する余裕を失ったためでした。
その話を聞いて、正直ショックを受けました。
同時に、
「やはり状況はそこまで悪化しているのか」
という思いも強くなりました。
★どこも余裕がなくなっている実態★
私は現在も、その会社へ商品を卸しています。
しかし最近は業界全体を見ても明らかに厳しい状況です。
注文は減少。
原材料費は上昇。
利益は圧迫される。
そして最終的には人件費にも手を付けざるを得なくなる。
おそらく今回の会社だけではありません。
どこも似たような状況なのです。
昔であれば、
「過去に儲けた利益や内部留保があるからとんとんであれば大丈夫」
と言えたかもしれません。
しかし今はその余裕すら失われつつあります。
私が10年以上前から危惧していたことが、現実になってきたように感じています。
★斜陽産業は一度下り始めると止まらない★
私は過去のブログでも何度も書いてきました。
日本全体の人口減少。
需要の減退。
業界の縮小。
こうした流れが重なると、斜陽産業は一度下り坂に入ると簡単には止まりません。
転がり始めた球を再び坂の上へ押し戻すには、それ以上のエネルギーが必要になります。
しかし現実には、そのエネルギーを生み出せる企業は限られています。
だから私は10年以上前からFIREを意識してきました。
当時は夢や自由というよりも、
”保険”
という意味合いも強かったと思います。
とにかく少しでも安心感が欲しかったんだと思います。
いつでも辞められるように。
業界が想像以上に悪化しても生き残れるように。
とにかく何があっても生き残れるように。
なので当初はハードルを下げてアルバイトを続けながら生活を守る「セミリタイア」への道を目指しました。※ブログタイトルもこれです。
それが運よくFIREを視野に入れることが出来るまでに。
でもそのために資産形成を続けてきました。
★最後に言われた言葉★
挨拶の帰り際、その先輩は私にこう言いました。
「ヤバいと思ったら早く逃げた方がいい。」
「リスクを負ってでも取り返せる次元ではもうない。」
「下手をしたら命取りになる。」
「もうどう頑張っても良くなることはないよ。」
かなり厳しい言葉です。
しかし30年近く業界を見てきた人だからこそ出てきた本音なのだと思います。
そしてそれは私も同意します。
そして最後に、
「でもなぁ、こんだけ長いことこの業界におったから、いざ去るとなると寂しいもんやな」
そう笑いながら話していました。
その言葉が妙に印象に残っています。
そして僕も冗談交じりに「僕も後についていきます(笑)」と返しました。
私が近く辞めるのは嘘ではありませんからね。
★まとめ★
30年近くお世話になった先輩の退職。
その背景には、業界全体の厳しい現実がありました。
私自身も今後どうなるか分かりません。
しかし今回の出来事を通じて、
「いつでも辞められる準備をしてきたことは間違いではなかった」
と改めて感じています。
最近は長年お世話になった人たちが次々と業界を去っていく。
その姿を見るたびに寂しさを感じる一方で、10年以上前からFIREの準備を続けてきたことは間違いではなかったと思う。
FIREは単なる早期リタイアではない。
自分の意思で「続ける」「辞める」を選べる自由を手に入れるための準備だったのだ。
FIREは自由を手に入れるためだけではありません。
時には、自分や家族を守るための保険にもなると今回の件でつくづく実感しました。
FIREをやるかどうかというよりも、いつでもFIREが出来るように準備をしておくことが大事なのかな。
長年業界を支えてきた先輩に感謝するとともに、これからの新しい人生が少しでも良いものになることを願っています。
本当にお疲れ様でした。


コメント
今回のブログ記事を拝読して思った事が在ります。
取引先の先輩は今回リストラと言う事ですが
ブログを書いて居られる貴方はリストラでは無く自主選択のFIRE。
凄く大きな違いです。そして一番引っ掛かるのは
リストラ先輩は違う国に住んでいた訳でも違う時代に生きて居た人間でも無い。
まして同じ業界の人間で斜陽と言う同じ価値観を認識していると言う事は
「先輩にもFIREに至る選択が実際に在った」と言う事に成る。
無ければブログ筆者の貴方もFIREは不可能だと言う事に成って居た。
ソレを取捨選択で捨てたのか無視したのかは解らないが機会は有った。
私も理美容商材卸と言う斜陽産業に努めていましたが
前職を辞める時、引き継ぎしていた先輩が「俺も脱出したかった」
と私にボソッと言われたのが印象的でした。
貴方も選択肢として在った筈ですよ?等と言ったら
気分を害するに決まって居るから言わないが機会は有った訳です。
無かったら私も出来て居ない。人生の分岐とは残酷ですね。
>黒田様
いつもありがとうございます。
先輩はそれこそ1990年代からこの業界に携わってきて、あと数年で退職と言う従来通りの逃げ切りを考えていたんだと思います。
しかしその数年が昨今の情勢で持ち堪えられなかった。それくらい業界は悪化の一途をたどっています。
私世代も含め年上の世代の人のほとんどは「あと数年間耐えれば・・・」という考え方のが主流なのでしょう。
私の場合は良くも悪くも「逃げ切れない」と少なくとも私の場合は思いました。
そこからどうすれば生き残れるかを考え逆算していき、たまたまFIREという概念と言うか存在を知りました。
正直いうとそれまでFIREのFの字すら知りませんでした(苦笑)
知っているか・知らないかだけでも大きな分岐点だと思います。
私はたまたま当時に知ることが出来て、「今ならまだ可能性があるかもしれない」と思い行動に移すことが出来ましたが・・・。そう考えると黒田さんと言われる通り残酷ですね。
ちなみに先輩は少なくとも年金が出るまで全く違う業界で再就職先を探すと仰っていました。
私のブログでは最近、”選択肢”を持てることの重要性を良く言いますが本当にその通りだと思います。
続けるにしても辞めるにしても選択権が自分にあることが大切だなと。