戦え、立ち上がれ俺!!(やりがいのある仕事へ)セミリタイアとは飯をありつける野良猫のようなものかも


どうも、ダメ人間のあーくんです。

今日の朝、出勤するときに思ったんですけど僕って毎日朝の通勤時に

「あ~仕事辞めたい」

と考えてると気づいた。

なんでいつも同じことを考えてるんだろう?

よっぽど仕事に嫌気がさしてんだろうな。

やりがい・充実感がここ数年感じないんだよな。

嫌なことしか思い出さない。

我ながらこの年齢になるまでよく耐えてきたと思うぜ。

だから何か新しいことをしたくなってきたのかな?

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後悔しないために

今度は自分の為に戦おう!!

40歳を過ぎて社会の下積み修業期間が過ぎたと思っているので、新しい道を考えてみた。

その新しいことが僕にとってセミリタイアという道なのだ。

だって多分僕の場合、転職しても数年したらまた同じ気分になりそうな気がします。

そんなわがままな逆コナン(身体は大人、心は子供という意味らしい)の僕。

スナックのママに言われました・・・トホホ。

なので好きな事を仕事として出来るようにセミリタイアを目指します。

好きな事だけでお金を得るという行為は簡単ではないと解っています。

いいおっさんですから。

だからセミリタイアという道。

ある程度生活できる基礎体力を付けておいて、夢の仕事を追いかける。

この年だから、イチかバチかのギャンブルは出来ません。

こずるいですが一応最低限の保険(生活費)はかけておきます。

無理だからといって今のままの状態では神経がまいってしまうし、死ぬとき後悔しそうなので、セミリタイアを目指して自分が夢中になることで少しでもお金になればなと思っています。

「自由は非常に大変だけど楽しく素晴らしい」

今一度戦え、俺!!

格闘技好きな僕が昔はまった漫画「修羅の門」の一説に僕の好きなフレーズがあります。

白人のお金持ちのお嬢様に「クジラやイルカは友達になれるんだから、食べるなんて野蛮よ」

と言われたときに返した主人公の言葉、

「どうせ人間に食われるんだったらクジラになりたいね。食われるために育てられ、何もわからないまま友達だと思っていた人間に殺される。豚や牛にしている事のほうが残酷だと思うぜ、俺はね」

「クジラやイルカは食われたとしてもそれまでは自由に大海を泳いでいたんだ。捕まったのは、力と運がなかったからさ」

「俺だったら戦って敗れたい」

「豚や牛とクジラやイルカとの間に決定的に違うことが一つある。戦うチャンスすら与えられない者と、戦って敗れることが出来る者。俺にはこの差はデカいと思うぜ」

ク~、カッコいいぜ!!男なら憧れるよな?

丸くなるのはまだ早い!!

なんか社会の縮図というか、会社組織の縮図を見ているようです。

厳しい野生を選ぶか、温室のペットや牛舎・豚舎生活を選ぶか

先ほどの漫画のセリフから考えると間違いなく、野生を選ぶ人が多いと思います。

野生の動物は確かに何をしようがどこに行こうかも自由です。

縛られることはありません。

ただそれがすべての人にとって幸せなのかというと一概には言えないと思うんですよね。

自由は魅力的だけど食うのに必死で、逆に余裕が無くなる恐れがありそうなんですもん。

もしかしたら何もできずに食われて終わるかもしれません。

人間世界ではそれを極力回避するためにセミリタイアという選択肢が僕はあると思っているんです。

要は半野生、半温室みたいな?

軽い、いいとこどり。

動物でいうなら飯を貰える野良猫みたいな?(笑)

普段は外で自由に過ごして社会の厳しさも体験するが、晩飯だけ貰いに戻る・・・。

これが僕の理想、これが僕のセミリタイア論。

そうなるには人間の場合は自分で頑張って最低限、飯が食えるくらい資産を増やして自由の世界にいくしかない。

むき出しの野生の世界で何も用意をしてなくて食えるほど世の中そんなに甘くない。

自由はそんなに甘くない。

それこそ必死でフリーランスをしている者や完全リタイアを出来るまでリスクをとって努力した人たちを馬鹿にしている。

なので僕は組織に属する苦しさも含めて自由の無い世界もありだと思います。

生命与奪権は上に立つ人間に任されますが、その代わり最後の時がくるまでおとなしく自分のやることをしていれば、食いっぱぐれることはありません。

生き抜くための知恵を最大限に考えなくてもいいですからね。

これも生き抜くための知恵です。(何も考えないようにするという道)

食用の牛や豚にしてみれば初めて外の世界に出してもらったと思ったら、食べられるのでしょうが・・・。

どちらの世界が正解ということでは無く、どちらの世界でも一長一短があるということです。

「隣の芝は良く見える」

日本の場合は努力してそれが選択が出来る分、幸せです。

まとめ・・・自分の適性はどちらなのか?

会社組織の本当の上に立つものと、フリーランスとして働くものにしか自由が無く、戦うことが許される。

「自由は非常に大変だけど楽しく素晴らしい」所以だな。

自由とは、気楽で素晴らしいことばかりではない。

組織に守られていた今まで以上に非情で容赦なく直接災難が自分に降りかかってくる。

けれども生き残るために自分の能力を限界まで使っていく。

これってとっても素晴らしいことだなと思う。

だよな・・・僕ら人間は自分の判断で戦うことが出来る。

チャンスを自分で作ることが出来る。

それをやるのもやらないのも自分次第だ。

どうせ失敗するなら、ぬくぬくの温室で何もしないで時を過ぎるのを待つより、戦って敗れた方が良いのかもしれないな。

しかし冷静に自分はどちらの世界が適正なのか、よく見極めないといけないのかもしれないな。

終わりに・・・

若い時から頑張っているフリーランスの仲のいい友人がいるが、悪い点は「給料が安定しない点に尽きる」と言っていたな。

「オファーにバラつきがあって仕事を取ってくるのがなかなか大変だし、必死だよ。」とも言ってました。

何もせずボ~と過ごして、いざうまく行かなかったからといって戻りたいと思っても組織側の人間からすれば、「色々なしがらみが嫌やから辞めたんやろ?今更うまいこといかへんから戻りたいと言っても、お前の席なんてあらへんで!!何か誰にも負けん特殊な能力があったら考えたるけどな」

と言われかねん。

ということで勝ち組完全リタイア状態でない限り、セミリタイアはやることいっぱいで暇になることはないなと思っています。

僕は飯の困らない自由な野良猫を目指します(笑)


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