「人生の正午」について考える。私も相当「悩み人間」なのです


まいど、あーくんです。

今日はとりあえず毎日の勉強が早く終わったので、久しぶりにブログの更新であります。

過去のブログにも頻繁に書いていますが、私はよく「今のままでいいのだろうか?」、「人生後悔したくない」、「もう人生の折り返しを過ぎたんだ」と頻繁に考えるようになっています。

嫁さんにも「最近、そんなことばかり言って!!何か生き急いでるみたいで嫌やわ」と言われました。

「そうなのかな?」

「何かを暗示されているんだろうか?」

よくわからないが・・・。

そういわれるとちょっと怖いやん(笑)

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漠然とした「死」への意識の変化

ただ年齢を重ねていき、確かに死への意識はちょっと変わったかもしれません。

20・30歳代の時はまだまだ先の話で今目の前にあるもので手一杯というような感じがします。

要はちょっと他人事のような感じです。

実感があまり湧かない。

今もそこまで実感が湧くかと言われると怪しいもんですが、40歳代になって確実に先が見えてきたといいますか、ゴールが見えてきたような感覚に陥りました。

「このままいけばこんな感じなんだろう」みたいな。

何もわからない若い時分と違い、「どうにもならない人生への虚無感」

そう考えだすと先ほどの「このままゲーム(人生)を終了してもいいのだろうか?」と考え出します。

「今死んだら、満足できるのか?」と堂々巡り。

これって結局ゴールが見えてきたことに対する「不安・焦り」なのかなと考えています。

「俺は何もしてないんではないか?」

「生きる意味はあるのか?」

同じように悩んでいる人、安心してください、普通ですよ

そこまで詳しくは知りませんのでちょっとだけしか書きませんが、これって心理学者のユングが提唱した「人生の段階」のなかの人生の重大な転換期、いわゆる「人生の正午」というものらしいです。

100年くらい前のとても偉い心理学者さんです。

名前くらいは聞いたことある人も多いのではないでしょうか?

カール・グスタフ・ユング

カール・グスタフ・ユング

1875~1961) スイスの心理学者・精神医学者。はじめフロイトの精神分析学に共鳴したが、のちにその性欲理論・合理主義を批判、分析心理学を創始した。個人的無意識と集合的無意識を区別し、後者に存する元型から、マンダラなど人類普遍的なイメージや観念が紡ぎ出されてくると主張した。内向・外向の心理的類型論、コンプレックスの概念でも有名。著「無意識の心理学」「心的タイプ論」など。ユンク。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

ちなみにこの「人生の正午」は結構誰にでも起きる事象らしいです。

私はこれを知るだけでもかなり安心しましたよ、鳥肌が立ちましたもん。

「あっそうなんだ、俺だけじゃないんだ」って。

私がここ数年(厳密に言えば35歳くらいから)こんなことをしょっちゅう考えるようになっていたので、「ちょっと頭がおかしいのかな?」なんて思っていました。

おかしいと思っていたから、この考え方を「どう誤魔化そうか」、「どう無くそうか」なんてずっと考えていました。

精神的な自立を目指して

先日のブログ「「自由」を享受するには制限が設定されている方が良いらしい!?」と、内容が矛盾しているような感じはしますけど、いいように都合よく考えればゴール(制限枠)が見えてきたことで焦りを感じ、より行動的に考えるようになってきたと捉えられるんではなかろうか?

だから私は社長の座を降りてでも、「新しいことに挑戦したい」、「後悔したくない」と、より強固に思えたのかもしれない。

精神的・金銭的自立がしたいとも考えられる。

雇われだが頑張って社長までいったがそこは私の城では無かった、心の安心する場所では無かったということだろうか?

私はどうも心の中でいつも大人になり切れない自分がいることに違和感を感じていました。

これを払しょくするには、仕事を人一倍することだと思っていました。

そうすれば、責任感が増し、立派な大人になれるものだと思っていました。

しかしそれでも納得できない、なので一度会社と距離を置き自分の足で歩いてみようと。

それは決して楽な道では無いと思います。

ただ確実に自分の足で歩いているなと実感ができそうです。

悩むことは決して「ダメ」なことでは無い

単純に仕事が嫌だからとか、条件が合わないとかで辞めたいのならば転職すればいいのですが、私の場合は「人生このままでいいのだろうか?」です。

転職して満足するとは到底思えませんでした。

私はここ数年仕事はそこそこ上手くいっているのに会社に居場所が無いと思っていたのは事実ですから、考えに考え、このようなやり方(仕事をほどほどに抑えて、大学で学び直し、セミリタイアを目指す)を選びましたが、色々と人生について悩んでいる中年の同年代の皆さんにもう一度いいますが、人生について悩むのは決しておかしなことではありません。

甘えでも決してありません。

今まで真剣に逃げずに頑張ってきたから、これからの人生についても悩んできたんだと思います。

お金ではなく「生きる価値観として」もうワンランク上に行きたいと感じているのかもしれません。

そしてそれは若いころからの小さな問題の一つ一つが徐々に言葉にならない言葉として出てきたんだと思います。

私は完全にこのユングの「人生の正午」パターンなんだと思います。

これは社会的地位が高い・低いや、仕事に対する満足度・不満度など関係なく発症されるそうです。

だから私は仕事内容が「あーだこーだ」という理由で辞めたい訳では無いという考えに移りそうです。

過去のブログで会社のことボロクソに書いてますが・・・(苦笑)

あなたもこのパターンかもしれませんよ!!

こうなってしまったら完全に生き方を変えないと症状が良くならないらしい。

何でもそうですが、無知の状態で悩むと底なしにハマります。

私も5年以上悩んでいます。

必ず同じような先人がいますので、色々と調べたり、最悪な場合はカウンセリングに行くのもいいかもしれませんね。

※ちなみに提唱したユング自身も「人生の午後」にハマり精神を病みました。

徐々にですが以前とは違い考え方が変わってきている自分を感じているのは確かです。

今回はちょっと真面目に語っちゃった(笑)

それではまた!!


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コメント

  1. できき より:

    昔は不惑の40代などと言ってましたが、嘘もいいとこです。ほんと

    • あー君 より:

      でききさん:孔子の言葉ですね。いいことを言っているんでしょうが、私もほんとピンとこないですね(笑)
      現在人は寿命が延びているからでしょうかね?

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