「つらい」「くるしい」、40歳前後,長期で悩みだしたら「人生の軌道修正」が必要となるサイン!?


まいど、あーくんです。

ここ最近は「今後の人生をどうしていけばいいか」とよく考えます。

私はセミリタイアを目指すうえでよくセミリタイアシミュレーションをしていきますが、こちらは具体的なお金の話。

そしてもう一つは、セミリタイアを目指すうえでよく考えるようになった、「自分の人生を今後どうしていけばいいか」という内面的な心の話です。

こちらの2つの条件は相関関係にあります。

どちらかひとつだけでもいけません。

今回は2つ目の条件である内面的な心の話の方をしていきたいと思います。

43歳になり、人生の後半戦(折り返し)にかかり、今後はどうやって生きていこうかと・・・。

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他人目線からの「一人前になる」ということ

私の場合はですが、20~30代のころは「まず誰が見ても一人前だと認められる」と言う事が先決でした。

今でも競争はけっして悪いことではないと思っています。

競争によって基準ができ、己の向上にも役に立つからです。

人それぞれ一人前という基準は違うと思いますが、あろうことか私ははっきりとした基準がなく漠然と「一人前になる」ということを考えてました。

私の一人前になるということは、「給料をいっちょまえに貰う」とか「社会的責任を全うする」とか、「結婚して子供作って」とか「持ち家に住む」とか「車を購入する」とかでしょうか。

いわゆる周囲の目から見て「幸せそうだ」という基準です。
けっして自分の基準ではない。

(自分の中で創った)標準的な一人前にこだわるがあまり「こんな少ない給料だと家族を養えないし・・・」と変換してしまった。

私が就職した時は、超就職氷河期時代で最初びっくりするぐらい給料が安かった(25歳時点で15万円くらいだったと思う、残業や手当を足して20万円くらい)ので、給料がある程度増えてからでないと結婚しないと決め、もうちょっと増えないと持ち家に住めないと考え、もうちょっと増えないと子供を育てられないと考えてしまった。

出たとこ勝負ではなく、先に頭で考えてしまった。

順調にいけば問題が無かったのかもしれませんが、世の中そんなに甘くありません。

ちょっとづつすべての予定が遅れてしまった。

しかし先倒しして行動する勇気も無かった。

なので私が雇われですが社長になるまで、正直こどもを育てられる自身がありませんでした。

そして「年齢的にやばい!!」と気が付いた時にはすでに遅かった。

色々と人生の「軌道修正」が必要となってきます

そこで話は戻りますが、理由はこれだけでは無いのですが、そうこうしているうちに人生の修正がどうしても必要となってきました。

私の今までの生き方はいわゆる一般的な家庭で子供がいるのを前提とした生き方を目指していた気がするのです。

感覚のズレを感じてきたと言うべきでしょうか?

それが必要としなくなった今、今までやってきたこと、考え方はちょっと違うのではないのかと。

子供を育て一緒に成長するということがかなわない今、もっと私自身がやりたいことをやった方が良いのかもと・・・。

今でも子供のことを考えると後悔でグッと胸が締めつけられます。

もちろん理由はこれ一つではありません。

人間ひとつの理由だけで人生を左右する選択をするものではないと思っています。

私はずぅっと気持ちにふたをして生きてきたので、最近色々と考えてみたらこんなことが出てきました。

これは私だけではなく、誰にでも起こりうることです。

年齢を重ねていくと何かと修正を迫られます。

自分の心の不安と向き合い、どう向き合うか

私の場合は35歳くらいから、こういった心の葛藤が酷くなってきました。

  • やりたいことができない仕事内容や成果に対する給料の不満
  • 子供を授かることが出来なかったこと、守るべきものが嫁や両親だけになったこと
  • 今まで我慢してきたことを色々とやりたくなってきたこと
  • 安全、確実に生きても時間の無駄だと考え出した。自分の人生がまっとうに生きても残り半分となってきた、後悔したくない焦り

今ざっと考えただけでもこれだけ出てきます。

恐らく深く考えるともっと出てくると思います。

本当に最初のころは一番上の仕事上の問題だけだと思っていました(初期のブログは大半はこの内容)が、掘り下げていくうちに次から次へと問題が出てきました。

だから最初は何もわからずとりあえずつらい仕事から抜け出そうと考え、セミリタイアを目指そうと目標を定めていました。

自分の人生をじっくりと考えるという意味で、この出発点はある意味間違ってなかったと思いますが・・・。

あとは上記の問題をどうやって修正していくかを考えるべきです。

問題を発見し、自分の納得する形で修正していくことで心が納得していくと思います。
修正が難しいのなら、どうやって心と折り合いをつけるかです。

例えば「どんなにつらくても生活を考えると仕事を辞めることは出来ない。しかし副業を積極的にすることで自分でやりたいことを実現していこう」でもいいのです。

それで自分の心と折り合いがつけれそうならば。

最初の一歩が大事です。

どっかの精神科医が言っていましたが、「自分の心ほど、解らないことはない」

全くその通りです。

だから、バランスがとれなくなって精神的葛藤がひどくなるんでしょうね。

全員とは言わないが、中年になると「人生の修正期」は訪れる

不安とは、恐怖と違い、恐れる対象がはっきりとしない場合が多いです。

はっきりとしない、漠然としているから不安なのです。

もしあなたが中年となって、理由がはっきりとしない何とも言えない不安が押し寄せているのなら「人生の修正期」が訪れているのかもしれません。

年齢を重ね老いていくのを自覚していくなかで、20代・30代とは全く違う生き方を不安と言うかたちで教えてくれてるのかもしれません。

(心の奥の自分)「おーい自分よ。違うよ、これまでの考え方だとこの先無理だよ、本当はこうしたいんだろ?」と。

「俺は若い時から、こう思っていたからこうなんだ」と意固地に思うのではなく、「もしかしたら何かのサインかも?」

と考えることが出来たなら、意外な答えが出てくるかもしれませんよ。

それに少しでも気が付くことが出来たなら絶対にあなたの心は少し楽になってくると思います。

だってそれはあなたの本当の「心の訴え」なのかもしれませんから・・・。


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コメント

  1. deefe より:

    世間が良いと思込んでる事柄を失って初めて気づいたのは、それらは幸福とは無関係であったということだった。
    賭けに当たれば幸福感は増すこともあるが、逆に幸福を阻害することの確率の方が高そうな気がしている。自分はそちらを追っていた時は幸福感を感じたことはなかった。
    それらを失って皮肉にも初めて幸福感を得られた。

    • あー君 より:

      deefeさん:いつもありがとうございます。
      失って本当の大切さに気がつく・・・。
      これってよく解ります。
      私も時間が取れるようになって、失うものも多かったけど心の安定を得ることができました。
      「自己欲望と幸福感って年齢を重ねるほど一致しなくなるものなのかも?」と考えるときがあります。

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